母のために決意した異業種へのUターン転職。医療を通じて生まれ育った地元へ貢献。
株式会社桜十字
本多幸人さん(仮名・経営企画) 49歳
- 転職回数
- 0回
- 転職期間
- エントリーから内定まで約60日間
本多さん(仮名)は大学卒業後、大手通信会社に約26年間勤務。順調にキャリアを積んでいたものの、地元の熊本県八代市で一人暮らしの母親の体調が心配でUターンを決意。転職活動を始めてからすぐに現在の仕事である病院の経営企画職と出会い、活動開始から約2か月で内定を獲得。現在は桜十字病院にて、経営企画室として外来部門の運営管理を行っている本多さんに、転職活動時からこれまでを振り返ってもらった。(※本記事の内容は、2019年3月取材時点の情報に基づき構成しています)
転職前
- 業種
- 通信業
- 職種
- 経営企画・事業企画
- 業務内容
- 経営計画・事業計画業務、CS推進業務、法人営業業務
転職後
- 業種
- 医療・福祉業
- 職種
- 経営企画
- 業務内容
- 既存の医療機関の維持・管理や地域連携の戦略立案・実行推進
これまで積み上げたキャリアを活かし、異業種でのチャレンジ
現在のお仕事はどんな内容ですか?
現在は病院の経営スタッフとして外来部門の管理運営を任されています。約20名のスタッフの教育・マネジメントやドクターの担当調整、予算管理、経営者会議での報告、部門内の課題の抽出やそれに伴う改善など、ヒト・モノ・カネの管理を行うことで、外来患者様の利用促進・サービス向上にむけ日々奔走しています。
入社前のご経歴を教えてください。
大学を卒業後は通信会社に入社し、9年間は技術者として、ソフトウェアの設計・開発・試験・導入などに従事していました。その後、プロジェクトマネージャーなどの管理業務、関連会社向けの営業などマルチプレーヤーとして幅広い業務を経験しました。退職する直前は、人事育成担当として若手社員のスキルやモチベーション向上を担う業務など、社員教育を行っていました。
転職のきっかけは?
長男なので、いずれは熊本に帰らなければとは考えていました。ただ、前職には特に不満もなく、順調にキャリアを積むことが出来ていたので、「自身の定年退職後でも」という考えも片方にはありました。ただ、帰省するたびに一人暮らしの母親が弱っていくのを目の当たりにします。80歳を超えた母がきちんと食事も取れていないことを知り、体調が心配で仕方ありませんでした。「今帰らなくては、きっと後悔する」と思い、熊本へのUターンを決意したのです。
転職活動はどのように進めましたか?
決断してからは、早かったですね。転職活動を始めてすぐに、まだ次の就職先も決まっていないのに当時の上司に退職の旨を伝えていました。それだけ覚悟は決まっていました。初めての転職でしたので、どのように活動したらいいのかもわからず、東京の有楽町にある熊本県移住定住センターに足を運びました。担当の方から、熊本地場企業の求人に詳しい人材紹介会社があると紹介されたのが「リージョナルキャリア熊本」でした。HPからすぐに登録、数日後には電話面談を実施してもらいました。
今の会社に決めたポイントは?
熊本と八代で病院経営をしており、地元で働けるという点が一番大きかったですね。また、東京にも事業所を構えていたので、初回の面接は東京で実施してもらえました。辞意は伝えていたものの、前職が忙しい中で何度も熊本に行くことも難しいと感じていたので、非常に助かりました。面接も一方的な質問形式ではなく、医療業界の現状、同社のビジョン、異業種からの転職で活躍されている方のお話しなど、丁寧に対応してくれたことも好印象でした。年収は東京にいた頃から下がりますが、最終的には自分で決めることだと考えすぐに決断しました。